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私が見て感じたバリ島2 |
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次に、干潮の時にだけ道が出来るタナロット寺院は夕日がとっても綺麗! 夕日が綺麗といえば、ウルワツ寺院。夕日を見ながらケチャックダンスを見るのが 定番のコース!ケチャックダンスを写真に取ると、白い玉が沢山写ります・・。 バリ人に言わせれば、神様が降りてきているから、当然のこと。 それを、そうなんだ、と普通に受け入れられるのも、バリ島独特の雰囲気があるからこそ。 避暑地にも行ってきました!ウブドのもっと山奥、ブドゥグゥル! 車でグングン登って、気温はどんどん下がって、冷たくて綺麗な空気が新鮮でした! 綺麗な湖があって、そこには100000万Rpの紙幣にも描かれている、 何重もの塔が湖に浮かんでいるように建てられていました。 またキンタマ―ニ高原も同じく、山の上から、山の間に出来た湖があり、 それを見渡しながらランチをしました!また果物の気候に適しているため、道のあちこちにパッションフルーツがまるで絵の具で書いたように鮮やかに色とりどり並んでいました。 フルーツが大好きな私は車から景色を撮らず、フルーツばかりを写真に収めるのでした! 次に、ライステラスが有名なウブド。私はどちらかというと、いつも買い物と おいしいバビグリン(豚の丸焼き)のお店に行くのが目的! ウブドの市場はお土産には持ってこいのお店が、ぎゅうぎゅうに詰まっています! 何処から見ていいか迷いますが一応一通り見て、値切って、安くて品物も良さそうなものがあれば購入します!また近くのモンキーフォレストでは、怖い思いをしました。 かわいく見える子ザルも見ているのはバナナだけ、一度バナナをちらつかせると 鬼のように体に登ってきます。大きいサルなんて見るだけで怖くて近寄れませんでした。 うわさに寄ると、サルにメガネや帽子を取られた人をターゲットにビジネスしている おばさんがいるとのこと。メガネや帽子を取られた人に近づき、取り返してあげるから、 お金をくれというもの。お金を渡すと、そのおばさんはメガネを奪ったサルの前に餌まき、するとサルはメガネを放り、餌に飛びつくというシステム。 私には、サルもビジネスを理解し、餌のために仕事をしている気がしてならない。
観光地といえばこのくらい、次に私の泊まったホテルについてですが、 バリ島に来始めた頃は、ホテルに泊まっていましたが、 だんだんと長期に渡るようになると、ロスメン(民宿)やホームステイを するようになり、ホテルに泊まることは無くなってしまいました。 ホテルはエアコンもあり、温かいお湯もバスタブも、ウエルカムドリンクも サービス満点、朝はバイキングと日本では高級ホテルクラスにバリ島では 格安で泊まれてしまう事も魅力の一つ! ただロスメンやホームステイもまた違った楽しみがあります。 まずなんと言っても日本円で1泊500円程度で泊まれる所! しかも温水が出るところも最近は多く、朝食も付いていたりします。 エアコンはありませんが、実際バリ人の一般の家にエアコンがあることは 珍しく、体が慣れてくると、逆に寒いと感じることさえあります。 そして、もう一つの魅力はいろんな国の人と友達になる機会が多いという事です。 ロスメンには、1人で長期で来ている人も多く、毎日顔を合わせていると 自然と仲良くなります。皆がアパートの住人のような感じかな!
またホームステイとなると、バリ人の生活を体験する事が出来ます。 バリ人は朝が早いので、6時には皆起きて掃除をしています。 掃除をして、一段落するとテパナス(温かい紅茶)とジャジャン(お菓子) を食べ、男性は仕事に出かけ、女性は洗濯やご飯を作り、ご飯が出来ると、 マンディ(入浴)し、バンタン(お祈り)をします。それからご飯を食べて、 家事をし、お昼は少しお昼寝したりして、夕方また掃除をします。 そして夜は9時には寝てしまいます。 ただ半年に2回ある、ガルガン&クニガン(ヒンドゥー教のお盆)の時には、 女性は1年で一番忙しい時期です。いつもは9時には寝てしまう女性が夜中まで チャナン(お供え物)を作っていたりします。 ガルガン&クニガンだけでなく、日常的にチャナンを作るのが、女性の仕事です。 またチャナンはその家庭ごとにそれぞれ微妙に違います。 豪華なものがあったり、簡単に作られたもの、最近の若い人はパサール(市場)で 買うことも多いようです。日本と同様、バリも時代と共に変わってきているようです。 といっても、バリ島程、町中のあちこちにお供え物があったり、お祭りで国道が 通行止めになったりと宗教・文化をこれ程身近に感じる島は少ないのではないかと思う。 時々考えるのが、バリ島がヒンドゥー教で無かったらここまでの魅力が無かったのでは ないかと言うこと。 もっと高い高層ビルが立ち並び、ハワイやオーストラリアの様な都会的リゾート地に なっていたかも知れない。 私は心からバリ島がヒンドゥー教であったこと、バリ島政府が椰子の木より高い建物を建ててはいけないこと、またバリ島の木材を使用する取り決めをしてくれたことに、感謝したいと思う |
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